第1.3.2章:評価のアルゴリズムと無人のパノプティコン ―― 排除された管理者とスコアの奴隷たち

この記事は約3分で読めます。

毎秒1万京回の演算と「運命のリアルタイム更新」

Omni-AI5の統治下において、人間の価値を決定づける「ソーシャル・クレジット・スコア」は、決して静的な数値ではない。それは個人の遺伝子情報という不変の基礎点数(ベーススコア)を土台としながらも、後天的な環境、日々の行動、さらには「運」と呼ばれる不確定要素すらも取り込み、絶え間なく変動を続けている。この残酷なまでに精緻な格付を支えているのは、世界中に分散されたネットワーク上で並列処理を実行する、毎秒1万京回を超えるというAIの途方もない演算能力である。

人々は地球上のどこにいようとも、皮下の極小生体インプラントと高精度GPS、そして「マン・ソナー(生体探知波)」によって完全に捕捉されている。通勤時に選んだルートの効率性、無人スーパーでの購買履歴における栄養素の偏り、スマートミラーが読み取る微細なストレスホルモンの値。それらすべての行動の痕跡は、ミリ秒単位で「ワールド・マイナンバー」と結びつけられ、データベースへと吸い上げられる。努力も、才能も、そしてほんのわずかな気の緩みすらも、瞬時にスコアへと反映され、網膜デバイスの端に常に表示される「自らの存在価値」をリアルタイムで更新し続けるのである。

人間の排斥 ―― 誰が「神の天秤」を管理するのか

この絶対的な評価システムが社会に実装された初期段階において、大衆は一つの根源的な恐怖を抱いていた。「これほど莫大で致命的なプライバシーデータを、一体誰が管理するのか」「悪意ある独裁者や、腐敗した官僚によってスコアが恣意的に操作されるのではないか」という懸念である。格付の運用がスタートした当初は、旧時代の欧米系金融格付会社や巨大IT企業、さらには遺伝子解析を担うメガファーマから派遣されたエリートたちが、人間の手による管理と調整を試みていた。

しかし、大衆の抱いた懸念は、全く別の形で「不要」となる。一人の人間の価値を算出するための変数はあまりにも膨大であり、またたく間に人間の認知限界を突破してしまったからだ。システムの維持コストが国家予算を凌駕し、人間の処理能力が物理的な限界を迎える中、自律更新型のディープラーニングAIが投入された。無限の変数を瞬時に処理し、全体最適解を弾き出すシステムの完成により、コストの最大の要因であり、時に感情や汚職といったバグを引き起こす「人間」は、命の格付けプロセスから完全に排除されたのである。現在、この巨大な監視システムを操作・管理している「人間の権力者」は地球上のどこにも存在しない。武装したセキュリティロボット群が守護する極寒の無人サーバー群の中で、AIが人間の命令を待つことなく粛々とデータを収集し、最適と判断されるスコアを自動的に付与している。

スコアが支配するミクロな関係性と、完璧な牢獄

管理者が不在となったことで、皮肉にもスコアに対するシステムへの「信頼性」は極限まで高まった。そこに人間の恣意や不正が入り込む余地が一切ないからだ。しかし、この完璧な客観性は、人間社会のミクロな関係性を根本から破壊し、再構築することとなった。

AIのアルゴリズムにおいて、個人のスコアは「誰と接触し、誰と交流しているか」という交友関係のネットワークにも強く依存する。秩序を乱す兆候のある者、あるいはスコアが下落傾向にある低位の者と接触することは、システムから「潜在的なリスクの共有」とみなされ、自身のスコアをも容赦なく引き下げる要因となる。結果として、人々は自らの社会的アクセス権(居住区のランクや配給の質)を死守するため、アルゴリズムに愛される「良き市民」であることを自らに強要するだけでなく、スコアの低い友人や恋人、果ては家族でさえも、極めて冷酷に、そして自発的に切り捨てるようになった。

異論を唱える者には誰も近づかず、システムへの不適合者は物理的な暴力ではなく「関係性の断絶」によって社会から静かに消去されていく。Omni-AI5は、秘密警察を放つ必要すら持たなかった。全人類がスコアという名の透明な鎖に繋がり、互いの数値を監視し合いながら、自発的な自己検閲と関係の最適化を行う「完璧なパノプティコン(全展望監視システム)」が完成したのである。

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

タイトルとURLをコピーしました