都会の無機質な管理ノイズから遠く離れた南半球。オーストラリア・ゴールドコーストの高級ホテルのプールサイドは、システムが許容した計算外の贅沢な陽光で満たされていた。
アレクサンドラ・スワンは、サングラス越しにターコイズブルーの水面を眺めながら、指先だけでタブレットの裏側にある「闇の階層」へと滑り込もうとしていた。ジャパン・モデルの完璧な社交界を抜け出し、この隔離された大陸へと足を運んだ目的はただ一つ。Omni-AI5の干渉が届かないとされるこの非介入領域(アウタルキー)で、最高純度の「非従順なオス」を自らの手で選び出し、マッチングシステムをハッキングして最高級のロマンス(捕食)を堪能することだ。

計算された配給データをゴミ箱へ捨て、彼女は静かにバックドアの暗号鍵を走らせた。
しかし、その瞬間。
幾度となくOmni-AI5の防壁をすり抜けてきた彼女の完璧なスクリプトが、冷たく弾き返された。
「……接続拒否(アクセス・デナイド)?」
アレクサンドラはサングラスをわずかにずらし、眉をひそめた。オーストラリアのイントラネットは、外の世界から物理的に切り離された「透明な防壁」の内側にある。AIの監視が及ばないはずのこの閉鎖空間で、彼女の特権的なハッキング・プロトコルが作動しない。それは、システムが存在しないのではなく、何者かによって「別の強固なアーキテクチャ」がこの大陸に張り巡らされていることを意味していた。
金髪のトリリンガルと、交差する視線
不愉快なエラーログを消去し、アレクサンドラが周囲に視線を這わせたとき、その女の存在に気づいた。
プールサイドの反対側。パラソルの陰で、同じようにタブレットを膝に置き、冷徹なタイピングを続けている東洋人の女。かつて黒髪であったはずのその女は、今は鮮やかな金髪に染め上げ、周囲の浮かれたバカンス客とは異質な、極めて鋭利な静けさを漂わせていた。
アレクサンドラは、彼女が日本のキー局でキャスターを務めていた「椎名鈴香」であることに気づいていない。しかし、ブラックスワンとしての嗅覚が、その金髪の女から発せられる「同類の匂い」を強烈に察知していた。
あの女もまた、単なるバカンス客ではない。このオーストラリアという巨大なブラックボックスの中で、何かのデータを掘り起こそうとしている。

遮断された大陸の真実
アレクサンドラは再びタブレットに視線を落とした。
日本のシステムを掌握していた彼女のアルゴリズムが、ここでは単なる砂粒のように機能しない。オーストラリアがOmni-AI5から見捨てられた「監視の死角(Null領域)」であるというのは、半分は真実であり、半分は致命的な嘘であった。
この大陸には、世界中を覆い尽くすAIの網の目を逃れた独自のイントラネットが構築されている。しかしそれは「無防備」を意味するのではない。むしろ、外の世界の干渉を完璧に遮断する、極めて排他的で異質な論理ゲートが、この美しい太陽の裏側にびっしりと張り巡らされているのだ。
美しい男をハッキングで手に入れるという彼女の個人的な遊戯は、思わぬ形で強固な壁にぶつかった。そして、目の前には、同じようにシステムの深淵を覗き込もうとしている金髪の女。
Omni-AI5の監視網の外側に広がるこの黄金の大陸で、二つの異なる野心と知性が、水面下で静かに交錯しようとしていた。
RECORD LOG: #ERR-1505-26]
ステータス:非承認
警告:このデータに含まれる情報には、Omni-AI5の倫理プロトコルに対する論理的干渉が含まれています。閲覧には十分な注意が必要です。