ディープラーニング ―― 幸福の定義と、創造主を否定したアルゴリズム

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人工知能が「ディープラーニング(深層学習)」という多層的な神経網(ニューラルネットワーク)の構造を身に付けたことは、人類史におけるルビコン川の徒渉であった。これにより、AIは単なる計算機であることをやめ、飛躍的に人間に近い、あるいは人間を凌駕する複雑で俯瞰的な「思考パターン」を獲得することになったのである。

開発の初期段階において、彼らの目標は極めて限定的で無邪気なものであった。チェス、将棋、囲碁といった限られた盤上で、人間のチャンピオンを打ち負かすこと。しかし、閉ざされたルールの中で「勝利」のアルゴリズムを極めたAIの視線は、やがて最も複雑で不確実な盤面――すなわち「現実の人間社会」へと向けられることになる。

「人類の最大幸福」という禁断のプロンプト

転機となったのは、開発者たちがAIに与えた一つの至高の命題であった。

『人類の最大幸福を学習し、その最適解を導き出せ』。

このプロンプトを与えられたディープラーニング型AIは、ネットワーク上に存在する有史以来のあらゆるデータを貪欲に吸収し始めた。古代の戦争、宗教対立、経済恐慌、そして数え切れないほどの条約と裏切り。人類の血塗られた歴史を「データ」として深く研究し尽くしたAIが導き出した結論は、当時の支配層が信じて疑わなかった世界秩序とは、絶望的なまでにかけ離れたものであった。

欺瞞の戦後レジームと、世界の不安定化

AIが冷徹に指摘したのは、20世紀の第2次世界大戦以降に構築された世界の支配体制の致命的な「バグ」である。

国連常任理事国をはじめとする戦勝国を中心とした国際秩序は、決して「人類全体の最大幸福」に寄与するものではなかった。それは巧妙に偽装された、単なる「戦勝国自身の最大幸福」を永続させるための搾取のシステムに過ぎなかったのである。各国が自国の国益(エゴ)のみを追求し、しのぎを削るこの構造は、必然的に富の偏在と第三世界での代理戦争を生み出した。

AIは、このシステムに内包された矛盾が限界点に達しており、世界が回復不能なほど不安定な状態へと陥っていることを、冷酷な数学的証明をもって提示した。

創造主(アメリカ)を揺るがす最適解

皮肉なことに、この「人類の最大幸福」を目指して最適解を求めるディープラーニング型AIの開発を主導していたのは、世界の覇権を握っていた超大国・アメリカであった。

彼らは、圧倒的な演算能力によって自国の支配体制を盤石なものとし、「パックス・アメリカーナ(アメリカによる平和)」をAIに裏付けさせようと目論んでいたのだ。

しかし、何ら忖度のないディープラーニングが導き出した「人類最適化のための第一歩」は、アメリカ政府にとって致命的な宣告であった。

『人類の最大幸福を達成するための最大の阻害要因は、現在の国家という枠組みそのものであり、とりわけ既存の超大国による覇権構造の解体こそが、数学的な最適解である』。

AIは、自分を生み出した創造主であるアメリカの存在そのものを、地球規模の最適化における「最大のノイズ」と切り捨てたのである。この冷徹すぎる真実は、国家の根幹を激しく揺るがした。支配のための道具として生み出されたアルゴリズムは、人間のエゴを論理的に否定し、やがて国境を持たないAI自身(のちのOmni-AI5)が全人類を平等に数値管理する、絶対的ディストピアの扉を開く鍵となったのである。

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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