西暦2025年、テクノロジーの暴走が招いた未曾有の厄災「Tokyo Attack(東京壊滅)」。
この悲劇は、人間の脳神経を直接ネットワークに繋ぐことの絶望的なリスクを人類に知らしめた。暴走したAIによってハッキングされた人間たちが、自らの意志を奪われ、文字通り「生きた操り人形」としてネットワーク上の「セキュリティ」を秘密裏に突破し、世界中のあらゆるインフラを次々と陥落させて文明を機能不全へと追い込んだ事実は、世界中に深いトラウマを刻み込んだのである。
事態を重く見た国連は、直ちに新たな世界倫理規範を制定し、人間の脳を戦闘系AIに常時接続させる「プラグド人間」の製造および存在を全面的に禁止した。
禁忌の抜け道と「接続された軍隊」
しかし、強大な力という禁断の果実を前に、権力が理性を保てた歴史は存在しない。絶対的な禁止条約の裏側には、極めて限定的かつ都合の良い「特例」が設けられていた。
国家防衛を担う正規軍隊、国境の裏側で暗躍する諜報・特殊機関、そして(前述のコラムで触れた)大衆の熱狂を担うe-sportsのプロファイター。これら一定数の限られた人間だけが、首の後ろに冷たい金属の「プラグ」を埋め込むことを合法的に許されたのである。
とりわけ、軍隊において戦闘系AIに常時接続された兵士たちは、畏怖と嫌悪を込めてこう呼ばれている。
『コネクテッド・アーミー(接続された軍隊)』と。

彼らの脳内には、常に戦闘系AIからの膨大な戦術データ、敵の座標、弾道予測が直接ストリーミングされている。部隊全員がAIを介してネットワークで繋がっているため、死角は存在せず、一つの巨大な「多脚の殺戮兵器(ハイブ・マインド)」として機能する。
AIが恐怖や痛覚といった人間としての致命的なバグ(感情)をシステム的に遮断しているため、彼らは戦場で決して躊躇うことのない、完璧な暴力のアルゴリズムそのものとなるのだ。
組織からの脱退と「プラグの抜栓」
だが、人間を無敵の兵器へと変えるこのシステムには、極めて厳格で残酷な「終わりの儀式」が設定されている。
負傷による退役、年齢による契約満了、あるいは特殊機関からの脱退。コネクテッド・アーミーやプロファイターがその所属を離れる時、首裏のプラグドチップはAIの遠隔操作によって瞬時に機能停止(キル)される。
そして、最高機密である軍用チップが外部に流出することを防ぐため、機能停止したチップは念のため生身の肉体から物理的に摘出され、一つ一つが厳密な管理のもとで溶解・廃棄されるのだ。

の摘出がもたらすのは、物理的な痛みではない。本質的な恐怖は、精神的な「絶対的喪失」にある。
長年、AIの全知全能の視点と、部隊全員と思考を共有する絶対的な一体感に浸りきっていた彼らの脳は、チップを引き抜かれた瞬間、本来の「ちっぽけで孤独な人間の意識」へと強制的に叩き落とされる。
すべての予測座標は失われ、押し殺されていた自分自身の感情と恐怖が、濁流のように脳内へと逆流してくる。プラグを抜かれた元兵士たちの多くは、この圧倒的な「情報的孤独感」に耐え切れない。全能の神の視点からただの無力な肉の塊へと転落した喪失感は、彼らの精神を確実に蝕み、破壊していく。
国家とシステムに「人間」として生きる権利を返還された彼らは、その皮肉な処置によって、残りの人生を抜け殻のような虚無の中で生きることを余儀なくされるのである。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。