e-sports ―― 仮想の血と、接続された剣闘士たち

この記事は約4分で読めます。

かつて「平和の祭典」と呼ばれ、鍛え上げられた生身の肉体の限界を競い合ったオリンピックは、とうの昔にその歴史的使命を終え、巨大なエンターテインメントのブラックホールへと吸収された。

それに取って代わったのが、4年に一度開催される人類最大の祭典、『E-Grand Championship e-sports battle(通称:E-GC)』である。

物理的な肉体の制約や、ドーピングといった旧時代の不正から完全に解放されたこの祭典は、熱狂に飢えた均質化された大衆にとって、唯一許された合法的な「暴力と熱狂の捌け口」となっている。

数ある競技の中でも、全世界の視聴率を独占し、各国の威信(ナショナル・プライド)が最も剥き出しになる最大のイベントが、「War Sim(戦略戦争シミュレーション)」と「Shooting Sim(特化型射撃シミュレーション)」の2大競技である。

接続(プラグド)された精神と、2つの極致

これらの競技における最大の特異点は、選手たちがキーボードやコントローラーといった旧時代のアナログな入力デバイスを一切使用しないことにある。

彼らは首裏の神経接続ポートを通じて、意識をシミュレーター(仮想戦場)へと直接ダイブさせる「プラグド人間」なのだ。肉体はスタジアムのポッドの中で眠りにつき、神経信号のみが光速で仮想空間へと射出される。

「War Sim」は、個人の戦闘能力と部隊の指揮能力を同時に要求される『万能型』の極致である。プレイヤーは自らのアバターを操りながら、同時に数百のAIユニットを俯瞰的なハイブ・マインドで統率しなければならない。

対して「Shooting Sim」は、反射神経と一瞬の空間認識能力のみを極限まで研ぎ澄ませた『特化型』である。ここではミリ秒の脳波の遅れが、デジタル空間での死を意味する。

軍へのパイプラインと、残酷な「除外規定」

この華やかな舞台は、軍産複合体にとって最高純度の「人材発掘(リクルート)の場」でもある。

特に万能型であるWar Simのトップランカーたちは、その高度な並列思考能力と戦術的直感を評価され、大会終了後に莫大な契約金とともに正規軍の「特殊部隊(コネクテッド・アーミーのエリート層)」へと引き抜かれることが常態化している。ゲームの勝者が、現実の殺戮の指揮官へとスライドするのだ。

しかし、この大会には極めて残酷で、皮肉なルールが存在する。

「退役軍人の参加の絶対的禁止」である。

本物の戦場で血を流し、現実の殺戮を経験した元コネクテッド・アーミーたちは、軍を退役する際に例外なく首のプラグを物理的に摘出(アンプラグド化)される。軍事機密の漏洩を防ぐため、そして何より、AIの絶対的なサポートを失った彼らの脳神経が深刻な後遺症を抱えているためだ。

「人間」に戻され、廃人のように震える彼らの手には、もはや仮想空間で若き剣闘士たちと渡り合うだけの神経接続速度は残されていない。現実の戦争を生き抜いた英雄たちは、仮想の戦争ゲームに参加することすら許されず、社会の片隅で静かに忘れ去られていくのである。

王者「B」と宿敵「C」 ―― 消費される若さ

昨年のE-GCにおけるWar Sim決勝戦は、この残酷なシステムを象徴する歴史的な死闘となった。


世界が固唾を飲んで見守る中、金メダルを手にしたのは28歳の絶対的王者、登録名がアルファベット1文字の「B」である。そして、銀メダルに沈んだのは、彼の永遠のライバルである登録名が同じくアルファベット1文字の「C」であった。

28歳。それはプラグド競技において、脳の神経可塑性が限界を迎える「引退の年齢」である。

王者Bは、栄光の頂点に立ったその直後、莫大な名声とともに軍の特殊部隊という「現実の戦場」へと姿を消した。一方、敗れたCは、システム上「Bより劣るアルゴリズム」という消えない烙印(スコア)を押され、次の4年後を待つことなく神経回路の限界(焼き切れ)によって引退を余儀なくされたと噂されている。

大衆は、スタジアムの巨大モニターに映し出される彼らの超人的な戦いに熱狂し、涙を流す。

だが、その光り輝くホログラムの裏側で、彼らの神経がどれほど焼き焦がされ、どれほど多くの若者がシステムによって「消費」されているのかを、誰も想像しようとはしない。E-GCとは、平和という名の麻酔を打たれた世界において、人間の魂を燃料にして燃え上がる、最も美しく残酷な火柱なのである。

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

タイトルとURLをコピーしました