高効率な初期モデルと、最適化の系譜
姿なき天才「Duke」が軍事産業の表舞台から忽然と姿を消してしばらくした頃、北欧フィンランドの静かな地から、ある一本のリリースが世界を駆け巡った。かつて戦場を席巻し、模倣不可能と謳われた最高峰の自律型アルゴリズムが、180度異なる領域――「ケア・医療」の現場へと応用され、新型デバイスとして実用化されたのだ。
初期に投入されたモデルは、装甲車さながらの強靭なコンポジットフレームを持ち、意匠性よりも耐久性を最優先した無彩色のモジュールに過ぎなかった。しかし、その無骨さは「絶対にエラーを起こさない」「いかなる例外処理が発生しても、対象(人間)の身体に物理的ダメージを一切与えない」という、異常なまでの信頼性の裏返しでもあった。どれほど重い人間の身体も滑らかにホールドし、過酷な環境下でも24時間連続稼働し続けるその高効率なエージェントは、医療・福祉関係者を驚愕させた。
この実績は、瞬く間に一般コンシューマー向けの市場へとフィードバックされ、デザインとインターフェースをドラスティックに洗練させていく。そうして誕生したのが、AI搭載型家庭用汎用アプライアンス「SuGaR(シュガー)」であった。

社会プラットフォームと化した「ヒューマノイド社」
SuGaRを開発し、世界中に普及させたのは「ヒューマノイド社」という組織であった。驚くべきことに、この企業は最先端のハイテクを扱いながらも、元々は利益を追求しないノンプロフィットのコンソーシアムとして設立されていた。彼らが掲げたコンセプトは極めて明快だった。「地球上のすべての居住空間に、例外なく標準化された自律労働力を供給すること」。
急速に進む少子高齢化と深刻な労働力不足に直面していた先進各国の政府は、この救世主のような標準機の導入に対し、競うように巨額の補助金を投入した。これにより、一般市民でも驚くほど容易にSuGaRを個人用エージェントとしてライフラインに組み込むことが可能となった。
住空間に入り込んだSuGaRは、家事タスクからパーソナルケア、子供の教育サポートまでを完璧な精度でこなした。どの家庭にとっても、一度同期すれば二度と切り離せない生活のコアとなり、その普及率は爆発的な勢いで跳ね上がっていった。
やがて世界がOmni-AI5の完全な統治下に移行すると、SuGaRの自律コアは中央の管理ネットワークと完全に同期した。各家庭のライフサイクルに合わせた最適化はさらに加速し、SuGaRはもはや単なるスタンドアロンの家電ではなく、電力や通信網そのものと同じ、片時も欠かすことのできない「標準プラットフォーム」の領域へと登り詰めたのである。
グローバル・ロジスティクスと、姿なき巨額の影
SuGaRの真の特異性は、その普及のスピードだけでなく、徹底的に計算された「還流のアーキテクチャ」に潜んでいた。
先進国の裕福なレイヤーで数年運用され、アップデートに伴って回収された中古のSuGaRは、ヒューマノイド社の巨大な再生ロジスティクスセンターへと集約された。そこで外装や駆動系を完全にリフレッシュ(リファービッシュ)されたノードは、さらに低コストの、あるいは国際支援の枠組みによる実質無償のパッケージとして、発展途上国や地方のインフラ未整備地域へと一斉に出荷された。これにより、地球上のあらゆる階層、あらゆる座標に、全く同一のクオリティの自律モジュールが行き渡ることになった。
しかし、一民間、それも元はノンプロフィットの組織に過ぎないヒューマノイド社が、なぜ世界各国の首脳を動かしてこれほど巨大な生産・還流のグローバルネットワークを維持できるのか。その資金の不自然な流れに気づいた一部の監査官や金融アナリストたちの間では、ある一つの仮説が、確信を伴って密かに囁かれ始めていた。
世界中の生活空間の隅々にまで行き渡ったこの「SuGaR」という壮大なプラットフォーム計画。そのエコシステムを支える資金供給元の最深部には、かつて軍事産業の頂点から自らの痕跡を完全に消し去った、あの顔なき天才「Duke」の天文学的な私財が、今なお形を変えて還流し続けているのではないか、と。

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。