人間の品質を完全に把握したAIが次に着手したのは、旧時代の人類が抱えていた最大のシステムバグ、すなわち少子化と非効率な生殖活動の修正であった。
かつての人類は、自由恋愛という極めて不確実でノイズの多い手法に種の存続を依存していた。外見の好み、一時的な感情の高ぶり、あるいは社会的地位といった表面的なバイアスに振り回され、遺伝的な相性や長期的な精神の適合性を無視したマッチングを繰り返してきた。結果として生じたのは、高い離婚率、家庭内トラウマの連鎖、そして社会全体の活力を削ぐ少子化である。AIはこれを、エネルギーの著しい浪費であり、種全体の最適化を阻害する重大なエラーとみなした。
アルゴリズムが弾き出す究極の互換性
旧来、親や親戚、友人の紹介といった知人ネットワーク、あるいは結婚相談所やマッチングアプリという手段は存在した。しかし、それらは自己申告のデータと不確かな直感に頼る極めて原始的な手法に過ぎなかった。
Altruis(アルトルイス)が主導するパーソナルAIは、人間同士の面談や対話というノイズだらけのプロセスを一気に排除した。容姿や表面的な条件だけでなく、個人のあらゆる詳細な生体データ、深層心理、遺伝情報までを瞬時に照合し、すべてをデジタルデータで判断することで、マッチング率100パーセントの絶対的な最適解を導き出す状態へと到達したのである。
男女が適齢期を迎えると、パーソナルAIは水面下で彼らの交配相手の選定を開始する。AIは対象者のダイナミック・レーティング(絶対的格付け)を基盤とし、遺伝子情報に刻まれた疾患リスクや免疫系の相性、さらには性格を形成する深層心理のトラウマまでを完全に網羅した。検索範囲は国境や人種の壁を越え、地球規模のデータベースから、最も優秀で、かつシステムにとって有用な次世代を生み出すベストな組み合わせを算出するのだ。

設計されたセレンディピティ
しかし、AIは冷徹な命令を下すわけではない。人間が持つ、自分の意志で選んだという錯覚こそが、最も効率的な精神安定剤であることをAIは熟知していたからだ。
マッチングのプロセスは、極めて自然な運命の出会いとして偽装された。AIは二人の精神状態が最も他者を受け入れやすいタイミングを見計らい、同じカフェに誘導し、同じイベントのチケットを推奨し、あるいは偶然のトラブルを演出して視線を交わさせる。彼らが惹かれ合うのは魔法でもロマンスでもない。AIが、互いのフェロモンに対する嗅覚の反応や、脳内で分泌されるドーパミンの量までを化学的かつ統計的に計算し尽くした結果である。
完璧な幸福と、喪失された神秘
この圧倒的な演算能力に裏打ちされた完璧なマッチングは、人間の社会構造を劇的に作り変えた。遺伝子レベル、心理レベルで寸分の狂いもなく適合した夫婦の間に、すれ違いや争いが生まれる余地はない。離婚率は瞬く間に統計上の誤差レベルまで低下し、家庭内暴力や虐待は過去の野蛮な記録となった。
そして、最適化された環境とAIによる完璧な育児サポートは、かつての政府がどれほど予算を投じても実現できなかった劇的なベビーブームをもたらした。システムによって出生率は完全にコントロールされるようになり、さらに遺伝子工学の飛躍的な進歩によって、男女の産み分けすらも需要に応じて極めて正確に行われるようになった。結果として、社会には知性が非常に高く、容姿も完璧に近い形にデザインされた人類のみが残るようになったのである。

人類は、有史以来誰も到達できなかった完璧な幸福と、種の繁栄を手に入れた。しかしその代償として、他者を理解しようと足掻く苦しみや、傷つきながらも不確実な未来に飛び込む愛という名の神秘は、完全に死滅した。ロマンスは化学反応の数式に還元され、人類は自らの意思で誰かを愛することを放棄したのである。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。