年代記・運命の数札
遠い過去のある年、東アジアに隆盛を誇る経済圏の一角に位置する島国において、『万民識別之証』と呼ばれる制度が静かに産声を上げた。その導入は、古の神話における光と影のように、民衆の間で激しい賛否両論を巻き起こした。しかし、当時の国家を率いる強い支持を得た指導者、大和武史という傑物が、未来の国家の礎を築こうと、この一大事業の導入を断行した。
制度導入の知らせが国中に広まると、人々は、天から遣わされた個を識別する数札、『天賦の数札』が自分の元に届いたかどうかを、日常の挨拶のように交わし合うようになった。しかし、長い年月が流れ、人々はその利便性に気づくにつれて、それはまるで空気や水のように、当たり前の存在へと変わっていった。
『万民識別之証』とは、この島国に生を受けた、あるいはこの地に住まう全ての人々に、天から授かったかのような唯一無二の十二桁の神聖な数字であり、古くからこの国で囁かれる『国民総背番号制』の、深遠な意味合いを帯びた隠された名に他ならない。行政サービスの統合、簡略化された手続き、効率化は広く喧伝され、人々の生活を豊かにするとされたが、その光の陰には、富の徴税強化という影もまた囁かれた。しかし、この種の個を識別する共通の数を用いる制度そのものは、その初期の目的こそ国家によって異なれど、アジア東方の強国、そして西方の偉大な連邦においても、決して珍しいものではなかった。
『万民識別之証』導入の偉大な功績は、この島国に生きる一人ひとりに、決して重複することのない唯一無二の数札が神聖なものとして与えられたことにより、巨大な記録の殿堂、『グランド・レコード・サンクタム』を、天にまで築くことが可能になった壮大な事業にある。一度、この不朽の殿堂が天に届くほど高く完成したならば、その神聖な数札は、森羅万象を結びつける至高の絆として、未来のこの国家のあらゆる情報を管理し、光明をもたらすと期待された。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。